プレイヤー分析 — TSUDA
プレイヤー分析 — ADRIAN LEWIS

エイドリアン・ルイスは、
なぜ「逆」に散るのか。

エイドリアン・ルイスは自分の投げ方を3語で説明する。「引いて、前に出して、離す」。 だが彼が実際に投げた4,030本の記録は、もう少し多くのことを語っている。

4,030解析したスロー数(T20狙い・2019年)
10.04mm横方向のばらつき σx / 16人中最大
-0.221誤差楕円の相関 ρ / 16人中ただ一人の負値
6.04m/s逆算したリリース速度

01「引いて、前に出して、離す」

エイドリアン・ルイス。2011年と2012年のPDC世界選手権を連覇し、決勝の舞台で史上初の9ダーツを決めた男。 テレビ最高アベレージは113.80。26のPDCタイトル。それでも彼が自分のスローについて語る言葉は、驚くほど短い。

"Then with the throw it's just back, forward and release really. That's basically all it's about."

「スローは、引いて、前に出して、離すだけ。基本的にはそれで全部だよ」

Adrian Lewis

スタンス についても同様に素っ気ない。「MvGみたいに足を置いたりしない。まっすぐが好きなだけ」。 グリップについては「みんないろんな握りの話をするけど、これは単にこう持ってきたというだけ。しっくりくる、それがいちばん大事」。

こういう発言は、しばしば「天才は説明できない」という話に回収される。だが説明できないことと、記録が残っていないことは別だ。 ルイスがプロツアーで投げたダーツは、1本ずつどこに刺さったかが記録されている。 そのうちT20を狙った4,030本を並べ直すと、彼のリリースの形は数字で書ける。

024,030本の内訳

使うのは、Haugh & Wang が公開している2019年シーズンのPDCトップ16のスローデータセットだ。 「T20を狙った」と判定できるスローについて、実際にどのセグメントに刺さったかが集計されている。 20の隣は左が5、右が1。狙いを外したダーツは、この3本の縦筋のどこかに落ちる。

FIG. 01ルイスがT20を狙った4,030本は、どこに刺さったか
ルイスがT20を狙った4030投のヒット位置内訳トリプル201,573 39.0%シングル202,027 50.3%トリプル5(左)66 1.6%シングル5(左)103 2.6%トリプル1(右)88 2.2%シングル1(右)173 4.3%計 4,030 投 左(5)へ 4.2% 右(1)へ 6.5%
トリプル20に入ったのは39.0%。半分以上はシングル20、つまり「縦にズレただけ」で終わっている。横に逃げたのは全体の10.7%だが、その内訳は左(5)へ4.2%に対して右(1)へ6.5%。ミスは右に偏っている。Haugh & Wang (2023) 付属データ Raw_Data.xlsx より

この6つの数字だけで、彼のヒット位置のばらつきは完全に決まる。ヒット位置を2次元の正規分布とみなし、 6つのセグメントに入る確率が観測値と一致するように分布のパラメータを合わせればいい。得られるのが誤差楕円 だ。

検算について

本記事では、公開されている共分散行列を使って6つのセグメントの命中確率を独立に順方向計算し、 論文が報告するフィット値(ルイス38.95%、ヴァン・ガーウェン46.58%、アンダーソン43.24%)を 0.01ポイント以内で再現できることを確認した。座標系は板固定の直交座標で、xは投げ手から見て右、yは上、単位はmm。

03楕円を描く

ルイスの誤差楕円は、横の標準偏差 σx = 10.04 mm、縦の標準偏差 σy = 6.99 mm、 そして両者の相関 ρ = -0.221。 比較のために、同じシーズンの世界1位マイケル・ヴァン・ガーウェンを重ねる。σx = 8.78 mm、 σy = 6.06 mm、ρ = +0.361。

FIG. 02T20まわりの誤差楕円 — ルイス(ライム)とヴァン・ガーウェン(ブルー)
T20周辺の誤差楕円2051トリプルリング 8 mmMichael van Gerwenσx 8.78 · σy 6.06 · ρ +0.361Adrian Lewisσx 10.04 · σy 6.99 · ρ -0.221実線 = 1σ 破線 = 2σ 細線 = 長軸 (T20中心まわりを拡大)
狙点はトリプル20の中心。トリプルリングは縦にわずか8 mmしかない。1σ楕円の面積はルイスが215 mm²、ヴァン・ガーウェンが156 mm²。同じトップ16の中に38%の差がある。そして楕円の倒れ方が、逆を向いている。共分散行列は Haugh & Wang (2023) の fitted skill model

まず縦。トリプルリングの高さは競技規定で8 mm。半径99 mmから107 mmまでの、 わずか8ミリの輪だ。ルイスの縦のばらつきは σy = 6.99 mm。 標準偏差が的の高さとほぼ同じというのは、要するに「ど真ん中を狙って、標準的にトリプルリングの高さ分だけ外す」ということである。 T20命中率が39%で頭打ちになるのは、才能や集中力の問題ではなく、この数字の必然的な帰結だ。

そして横。σx = 10.04 mm。半径103 mmの位置で20のセグメントの幅は片側16.3 mm しかないから、 横のばらつきの1.6σ分でセグメントの外に出る。

04発見①:16人でいちばん、横に広い

σx と σy を16人ぶん散布図に置くと、ルイスの位置がはっきりする。

FIG. 03横方向のばらつき σx と縦方向のばらつき σy(2019年シーズン・PDCトップ16)
横方向と縦方向のばらつきの散布図8.59.09.510.06.06.57.07.5横方向のばらつき σx (mm) →縦方向のばらつき σy (mm)LewisAndersonClaytonChisnallWhiteWrightCullenPriceWhitlockAspinallSmithSuljovicGurneyvan GerwenWadeCross
ルイスは横方向のばらつきが16人中で最大。縦方向は5番目に大きい程度で、突出しているのはあくまで横。1σ楕円の面積で見ても16人中最下位(215 mm²)で、最小のヴァン・ガーウェン(156 mm²)とは38%の開きがある。
1位 / 16人ルイスの σx = 10.04 mm(大きいほど悪い)
5位 / 16人ルイスの σy = 6.99 mm
+38%MvGに対する1σ楕円の面積差

これは意外な結果だ。ダーツのミスは普通、縦に出ると考えられている。速度が足りなければ落ちる、強すぎれば上に抜ける。リリースのタイミングのズレも縦に効く。横のミスは「狙いが甘い」という、 もっと大雑把な話に分類されがちだ。

ところが世界トップ16の中で見ると、縦のばらつき σy は6.06〜7.62 mmと幅が狭く、 横のばらつき σx のほうが8.65〜10.04 mmと分布が広い。つまりプロの差は縦ではなく横で出ている。 そしてルイスはその端にいる。

05発見②:ただ一人、楕円が逆に倒れている

σx と σy はばらつきの大きさを表すが、楕円にはもうひとつ自由度がある。どちらの対角線に倒れているか——相関 ρ だ。

ρ が正なら「高く外れたときは右、低く外れたときは左」。負ならその逆。 縦のミスと横のミスが独立でないなら、同じ原因が両方を動かしている、ということになる。

FIG. 0416人の誤差楕円の傾き ρ
16選手の誤差楕円の傾き-0.20.0+0.2+0.4相関 ρLewis-0.221Cross+0.267Price+0.288Wright+0.295Whitlock+0.304Wade+0.311Anderson+0.315Aspinall+0.337Cullen+0.344van Gerwen+0.361Gurney+0.391White+0.411Clayton+0.417Chisnall+0.422Smith+0.430Suljovic+0.464← 低く外れたら右へ流れる低く外れたら左へ流れる →
15人は ρ = +0.267 〜 +0.464 の狭い帯に収まっている。ルイスだけが −0.221 で、符号が逆。彼のダーツは低く外れると右へ、高く外れると左へ流れる。他の15人は、その反対に流れる。Haugh & Wang (2023) fitted skill model, T20 target

これは統計的な誤差ではない。ルイスの4,030本から尤度比検定を行うと、ρ = 0 との差の p 値は 6.7 × 10⁻⁶、 他15人の平均(+0.357)との差は p = 1.6 × 10⁻¹⁰ になる。傾きの向きは、はっきり違う。

左利きの James Wade も ρ = +0.311 で、他の右投げ勢と同じ側に倒れている。 利き手では説明がつかない。ルイスの投げ方そのものに、何か固有のものがある。

06ここからは物理の話になる

ヒット位置の分布からリリースの条件を逆算するには、まず弾道を解く必要がある。 スローラインは board 面から水平2.37 m、ブル中心の高さは1.73 m、T20の中心はその103 mm上で1.833 m。 リリース高さ1.78 m、前方リーチ0.42 mを仮定すると、解はひとつに決まる。

FIG. 05T20を狙ったダーツの弾道
T20を狙ったときのダーツの弾道1.751.801.851.901.95board 面リリース 1.78 m / 6.04 m/s / 17.5°頂点 +11.5 cmT20 ヒット位置 · 進入角 14.62° 下向きリリース点からの水平距離(m)  飛行時間 338.5 ms高さ(m)
リリース角17.5°、初速6.04 m/s、飛行時間338.5 ms。まっすぐ飛んでいるように見えて、軌道の頂点はT20より11.5 cm上を通る。board に到達するとき、速度ベクトルは水平から14.6°下を向いている。点線は重力がなかった場合の直線。

この解はひとつではない。リリース角と初速は交換可能で、角度を寝かせれば速く、立てれば遅く投げることになる。

リリース角初速飛行時間頂点(T20比)進入角
12.0°7.34 m/s271.5 ms+6.6 cm8.99° 下向き
15.0°6.52 m/s309.4 ms+9.2 cm12.06° 下向き
17.5°6.04 m/s338.5 ms+11.5 cm14.62° 下向き
20.0°5.67 m/s366.0 ms+13.9 cm17.20° 下向き
25.0°5.15 m/s417.9 ms+18.8 cm22.39° 下向き

ついでに、空気抵抗の話を片付けておく

「ダーツは board に届くまでに初速の10〜15%を失う」という説明を見かけるが、桁が合わない。 22 gのダーツ、バレル断面とシャフト・フライトの端を合わせた有効抗力面積を CdA = 1.5×10⁻⁴ m² と見積もって、 2 mの飛びで失う速度は2.2%だ。

有効抗力面積 CdA想定board 到達までの減速
—真空0.00%
6.0e-5 m²バレル断面のみ1.74%
1.5e-4 m²バレル+シャフト+フライト端2.19%
4.0e-4 m²多めに見積もる3.45%
1.0e-3 m²ありえない上限6.38%

ありえないほど大きく見積もっても6.4%にしかならない。理由は単純で、フライトは迎え角がゼロなら前面投影面積をほとんど持たないからだ。フライトは減速部品ではなく、姿勢安定部品である。 実務上、ダーツの弾道はほぼ真空中の放物線として扱ってよい。空気が効いてくるのは速度ではなく、姿勢のほうだ(これは後で効いてくる)。

07誤差を、リリースの言葉に翻訳する

弾道が解ければ、感度が計算できる。初速が1 m/sずれるとヒット位置は縦に186 mm動く。リリース角が1°ずれると31.2 mm。 横方向の狙いが1°ずれると34.0 mm。

この係数で誤差楕円を割り戻すと、ルイスがリリースの瞬間に達成している制御精度が出る。

選手初速のばらつき(初速比)リリース角のばらつき横方向の狙いのばらつき
Lewis37.6 mm/s0.62%0.224°0.295°
van Gerwen32.6 mm/s0.54%0.194°0.258°
16人平均36.4 mm/s0.60%0.217°0.275°

初速を0.62%、リリース角を0.22°、横方向の向きを0.30°の精度で毎回そろえている。時速に直せば21.7 km/hを±0.14 km/hで刻んでいることになる。これが「投げ方が固まっている」という言葉の中身だ。

そして世界1位との差も、ここまで縮めると小さく見える。横方向の狙いのばらつきで0.037°。 リリース時の横向き速度に直せば、わずか3.8 mm/s。指が開くときの左右差が、それだけ違う。

081ミリ秒の問題

ここで、素朴に計算するとおかしなことになる場所がある。リリースの時刻だ。

ヒジを支点にした単純な回転として腕を扱う。前腕33 cm、手先6.04 m/sなら、 速度ベクトルは毎秒約1,050°回る。1ミリ秒でリリース角が1.05°動く。リリース角1°はヒット位置31 mm。 つまりリリースが1ミリ秒ずれたら、ヒット位置は縦に25〜30 mm飛ぶ。

トリプルリングは8 mmしかない。この計算どおりなら、許されるリリースの時間幅は0.3ミリ秒程度になる。 人間の運動制御では届かない精度だ。ところがプロは39%から45%の確率でトリプルに入れている。どこかが間違っている。

間違っているのは「単純な回転」の部分だ。実測はこうなっている。熟練者8名を200 Hzで計測した研究では、成功時間窓は1.77〜8.08ミリ秒、リリース時刻のばらつきは0.78〜3.38ミリ秒。 素朴な計算の2〜6倍のウィンドウが確保されている。

差を生んでいるのは補償だ。同じ研究で、リリース時のリリース角と速度の間にr = -0.86(p = 0.006)の負の相関が観測されている。 離すのが遅れて角度が寝たときには速度が上がり、早くて角度が立ったときには速度が落ちる。ズレが互いを打ち消している。

FIG. 06補償量と、タイミング感度
補償量とタイミング感度の関係熟練者 8 名の実測(成功時間窓 1.77–8.08 ms から逆算)07142128050100150200補償なし = 25.1 mm/ms(実測帯の外)完全に打ち消す点 a ≈ 102 m/s²リリース時点で手先がまだ加速している量 a(m/s²) →タイミング感度 |dY/dt|(mm/ms)小さいほど、リリース時刻のズレに強い
縦軸はリリースが1ミリ秒ずれたときヒット位置が縦に何ミリ動くか。補償がまったくなければ25.1 mm/msで、これは熟練者8名の実測(成功時間窓1.77〜8.08 msから逆算した3.96〜18.1 mm/ms)の帯の外側にある。実在のプレイヤーは全員、この帯の中——つまり補償を効かせた側——にいる。a ≈ 102 m/s²で一次の項は完全に消える。モデルは本記事の数値解、実測帯は Tran et al. (2019)

タイミング感度 dY/dt は、投げ方によって決まる設計変数だということになる。 そしてこの補償を作る主役は、手首だ。同じ研究で、成功時間窓と最も強く相関したのは手首の角加速度で、r = 0.93(p = 0.0009)。ダーツ速度との相関 r = 0.78 を上回る。

用語の再定義

コッキング は、速度を足すための動作だと説明されることが多い。実際、手のひら側の回転半径7〜9 cm、 手首の角速度15〜25 rad/sとすれば、手首だけで1.0〜2.2 m/s、リリース速度の17〜37%を上乗せできる。 だが計測が示しているのはそこではない。手首は速度を足す装置というより、リリースの許容時間を伸ばす装置である。 「手首を使え」という指導は、物理的には「タイミングの誤差に鈍感な投げ方にしろ」と言っている。

ルイスの σy = 6.99 mm を、補償が効いた状態のモデルで逆算すると、必要なリリース時刻のばらつきは約1.7ミリ秒。 実測されている熟練者のレンジ(0.78〜3.38 ms)にちょうど収まる。彼の体内時計が特別なわけではない。時計の精度が普通でも当たるように、投げ方のほうが設計されている。

09では、傾きは何を語っているのか

ここまでで道具は揃った。ルイスだけが逆を向いている ρ = −0.221 に戻る。

誤差楕円が傾くのは、縦のミスと横のミスに共通の原因があるときだ。もっとも自然な候補がリリース時刻である。 離すのが遅れれば、腕の軌道はすでに下を向き始めているので、ダーツは低く出る。 同時に、そのとき手が照準線を横切って動いていれば、横にもずれる。ズレの向きは、手がどちらへ横切っているかで決まる。

モデル

Δy = a·Δt + (速度ノイズ)  Δx = u·Δt + (独立な横ノイズ)

cov(x, y) = a · u · σt²  → ρ の符号 = sign(a · u)

a はリリース時刻に対する縦の感度(遅れると低くなるので負)、u は手が照準線を横切る速度。 a の符号は全員共通なので、ρ の符号は u の符号——つまり手が線を横切る向き——をそのまま映す。

15人は同じ向きに横切っている。ルイスだけが逆向きに横切っている。 そしてルイスは、16人の中で横方向のばらつき σx が最大でもある。 「横切っている」という同じ一つの事実が、傾きの符号と横の広がりの両方を説明しうる。

彼自身の言葉と突き合わせると、辻褄が合ってしまう。ルイスは スタンス について、 MvGのように足を斜めに置かず「まっすぐ」だと明言している。正対して立てば、投げる腕は体の前を横切らず、体の外側を通る。 半身に構える多数派とは、腕の通り道が反対側に出る。

ここは仮説である

相関の符号が「手が線を横切る向き」を表すという推論は、上のモデルが正しい場合に成立する。 高速度カメラでルイスのリリース区間の手先軌道を計測すれば直接検証できるが、本記事はそこまで踏み込んでいない。 確実に言えるのは3つ。(1) 傾きの符号が16人中ただ一人逆であること(p = 1.6×10⁻¹⁰)、(2) 横方向のばらつきが16人中最大であること、(3) 実際のミスが右(1)に1.54倍偏っていること——いずれも4,030本の実データから直接読める。

10刺さり角、あるいは本人だけが知っていたこと

弾道計算では、T20到達時の速度ベクトルは水平から14.6°下を向いている。にもかかわらず、 ルイスの board に刺さったダーツは上を向く。本人がそう言っている。

"If they sit up a bit like myself, it's no good because you've got nothing to throw against."

「自分みたいに少し上を向いて刺さるタイプだと(長いポイントは)ダメなんだ。次を投げる的がなくなるから」

Adrian Lewis — 長いポイントについて

矛盾ではない。刺さり角と速度ベクトルの向きは別物だからだ。 フライトはダーツの姿勢を速度方向へ揃えようとするが、338ミリ秒では揃えきれない。 リリース時に鼻先が上を向いていれば、上を向いたまま刺さる。ここで、さっき片付けた空気抵抗が戻ってくる—— 空気は速度ではなく姿勢に効く、と書いたのはこのことだ。

そして幾何学的な代償が計算できる。

刺さったダーツが占める垂直高さ

h = L · sin φ  L = 45 mm(バレル長), φ = 10° → h = 7.8 mm

トリプルリングの高さは8 mm。1本目がトリプルリングのほぼ全高を塞ぐ。

グルーピングの難しさには、統計的な散らばりとは別の層がある。 先に刺さったダーツが後続の弾道を物理的に塞ぐ層だ。 刺さり角が立っているプレイヤーほど、2本目・3本目がこの壁にぶつかる。

注意深く言えば、ここで使っている σ は3本を区別せずに集計した値なので、 1本目の干渉による散らばりもすでに σ の中に混ざっている。 つまりルイスの σ が16人中で最も大きいことの一部は、彼自身の1本目が作った壁かもしれない。 彼が長いポイントを避ける理由を「次を投げる的がなくなるから」と説明したとき、 それは感覚ではなく、彼だけが毎晩ボード上で観測していたデータだった。

11損得を勘定する

誤差分布が分かれば、期待得点が計算できる。 得点関数を誤差分布で畳み込めば、board 全面の狙点について一度に出る。反実仮想を並べてみよう。

もし、こうだったら1投あたり期待得点3ダーツアベレージ換算
実測のルイス33.970.00
楕円の傾きだけ鏡像にする(ρ = −0.221 → +0.221)34.05+0.25
縦の散らばりを MvG 並に(6.99 → 6.06 mm)36.08+6.32
横の散らばりを MvG 並に(10.04 → 8.78 mm)35.30+3.97
縦横とも MvG 並に(傾きは本人のまま)37.49+10.56
MvG の skill model そのもの37.74+11.29

楕円の傾きを鏡像にするだけ——ばらつきの大きさは一切変えず、倒れる向きだけを他の15人と揃える——で、 3ダーツアベレージが0.25上がる。小さい。正直に言えば、誤差の範囲に埋もれる程度だ。

傾きの価値は、得点そのものではなく診断情報にある。 傾きが逆を向いているという事実が、横方向に何かが起きていることを指している。 そして横方向のばらつきを世界1位の水準まで縮められれば、そちらは3ダーツアベレージで+3.97。 縦も揃えれば+10.56。ここが本丸だ。

board の幾何が意地悪なのも効いている。20の左隣は5、右隣は1。 横に逃げたとき、左(5)に落ちればシングル5かトリプル15、右(1)に落ちればシングル1かトリプル3。同じ「横に外した」でも、左と右で得点が5倍違う。そしてルイスのミスは、右に1.54倍偏っている。

12「T19を狙え」は、誰への助言か

統計モデルで有名な結論に「腕前によっては最適な狙いはT20ではない」というものがある。 T19の隣は7と3で、T20の隣の1と5より傷が浅いからだ。では、その切り替わりはどこで起きるのか。 ルイスの誤差分布を出発点に、σ を一様に拡大しながら最適狙点を探すとこうなる。

ばらつき倍率σx最適狙点1投あたり期待得点
×1.0010.04 mmT2034.01
×1.2512.55 mmT2028.50
×1.5015.06 mmT2024.35
×1.7517.58 mmT1921.49
×2.0020.09 mmT1919.47
×3.0030.13 mmT1915.73
×3.2532.64 mmT715.36
×4.0040.17 mmS714.53

切り替わりは σ を約1.75倍したあたり。σx で17.6 mm、σy で12.2 mm。 これはトップ16の誰よりもはるかに散らばる水準だ。つまり「T19を狙え」はプロへの助言ではない。そしてルイスの σ の1.75倍というのは、多くのアマチュアにとってはまだ相当に上手い部類でもある。

133語の中身

「引いて、前に出して、離す」。ルイスの説明は正しい。省略が多いだけだ。

引くのは加速距離を作るため。 前に出しながら手首を解放するのは、速度のためというより、 離してよい時間を1.3ミリ秒から数ミリ秒へ引き延ばすため。離した後も加速し続けているのは、 角度のズレと速度のズレを打ち消し合わせるため。 そのすべてが噛み合ったとき、初速は0.62%、リリース角は0.22°の精度で揃う。

そして残った0.30°の横方向の揺れが、20の右隣にある1のセグメントへ、 16人中誰よりも多くのダーツを送り込んでいた。 2011年と2012年に世界チャンピオンになった男の投げ方は、そういう形をしている。

彼は「これは単にこう持ってきたというだけ」と言った。 その一言の下に、4,030本ぶんの構造がある。

+この記事に出てきた用語

各項目は用語集ページで詳しく解説しています。他の記事からも同じ定義を参照します。

用語集をすべて見る

§出典と再現性

本記事の σx / σy / ρ・ヒット位置の分布は、すべて公開データセットの実測値です。 弾道・感度・期待得点・時間窓は、記載した前提条件のもとで筆者が数値的に解いたものです。 リリース高さ1.78 mと前方リーチ0.42 mは仮定値で、これらを±5 cm動かしても本文の結論の符号と桁は変わりません。

  1. An Empirical Bayes Approach for Estimating Skill Models for Professional Darts PlayersMartin B. Haugh, Chun Wang · 20232019 年シーズン PDC トップ 16 の実戦のスローデータと skill model。本記事の σx / σy / ρ はすべてこの付属データから。
  2. OptimalDarts — 生データと fitted skill modelChun Wang · 2023Raw_Data.xlsx(ヒット位置の分布)と ALL_Model_Fits.mat(共分散行列)。
  3. Play Like the Pros? Solving the Game of Darts as a Dynamic Zero-Sum GameMartin B. Haugh, Chun Wang · 2022同データセットを使った戦略側の解析。INFORMS Journal on Computing.
  4. Coordination of human movements resulting in motor strategies exploited by skilled players during a throwing taskTran, Nasu, Kishita, Kashino et al. · 2019熟練者 8 名を 200 Hz で計測。成功時間窓 1.77–8.08 ms、リリース角と速度の相関 r = −0.86、手首角加速度と時間窓の相関 r = 0.93。PLOS ONE.
  5. Two Types of Motor Strategy for Accurate Dart ThrowingNasu, Matsuo, Kadota · 2014熟練者と初心者のリリースタイミング比較。手先軌道のばらつき 21.3 mm vs 65.0 mm。PLOS ONE.
  6. A Statistician Plays DartsRyan J. Tibshirani, Andrew Price, Jonathan Taylor · 2011ヒット位置を 2 次元正規分布とみなし、畳み込みで最適狙点を求める枠組み。J. R. Statist. Soc. A.
  7. Adrian Lewis breaks down one of darts’ most natural throwing actionsDartsNews本人によるスタンス・グリップ・ポイント長の説明。記事中の引用はすべてここから。
  8. Adrian Lewis — 経歴・使用ダーツ・記録Wikipedia22g Target signature、9ダーツ、テレビ最高アベレージ 113.80 などの事実確認。